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【アラベスク】  第6章 雲隠れ (前編)



第3節 意地も虚勢も実力のうち? [12]




「え? でもこれ、シロちゃんにって」
 戸惑う幼児に、ツバサはニッコリ笑う。
「お部屋でね、まっちゃんが絵本を読んでるの。昨日の続き、聞きたくない?」
 その言葉に幼児はパッと顔を輝かせる。
「聞きたいっ!」
「じゃあ、急がないとね」
 もう封書のコトなど頭にないのだろう。幼児は待ちきれないとばかりに施設へ向かって駆け出した。
 その後姿に、少し罪悪は感じる。振り払うように、ツバサは封書へ視線を落した。
 何度か見たことがある。
 部屋の隅で、隠れるように手紙へ落すシロちゃんの視線は、暗い。
 憂いというよりも、何かに苦しんでいるようにも見えた。
 一度声をかけたことがあるが、ツバサの言葉にパッと手紙を隠し、何でもないと言い張って教えてくれなかった。
 この施設に来たきっかけと、何か関係でもあるのだろうか? ならば古傷に触れるのは悪いだろうと、以後は見て見ぬふりを続けている。
 シロちゃんの秘密。
 封はしていない。
 シロちゃんの過去。
 鼓動が、ドクンと波を打つ。
 見てはいけない。
 脳裏で響く怒声はしっかり聞こえている。なのに、どうしてだろう?
 目の前で動く両手が、まるで他人の手に見える。微かに震えながらも、封書を開ける。
 シロちゃんの過去にコウが存在するのなら、この中にはひょっとして。
 震えているのに、躊躇(ためら)わない。
 滑らかに中身を取り出す自分の手。驚愕する。
 自分は、こんな人間だったのか。
 だが滑り出た中身を見た途端、ツバサは思わず息を呑んだ。
 っ!
 取り落としそうになり、慌てて掴みなおす。
 何?
 急激に汗ばむ掌。薄暗く、狭くなる視界。
 入っていたのは、一枚の写真。
 たった一枚の写真に、たった一人の少女。

 後ろ手に縛られ、硬質の床に横たわる―――― 大迫美鶴。

「美鶴?」
 呟くと同時に、着信音。
 無意識に通話ボタンを押すのは、もはや習性としか言えない。
「ツバサ?」
 耳に響くコウの声。
「どうした? 着いたぜ?」
 サッと顔をあげる。入り口で、木々の生い茂る庭の向こうで、彼が彼女を待っている。
 待たせては、また変な疑いを持たせてしまう。
「あっ ごめん。すぐ行く」
 言いながら、封筒もろとも写真をポケットに捻じ込んだ。







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