「え? でもこれ、シロちゃんにって」
戸惑う幼児に、ツバサはニッコリ笑う。
「お部屋でね、まっちゃんが絵本を読んでるの。昨日の続き、聞きたくない?」
その言葉に幼児はパッと顔を輝かせる。
「聞きたいっ!」
「じゃあ、急がないとね」
もう封書のコトなど頭にないのだろう。幼児は待ちきれないとばかりに施設へ向かって駆け出した。
その後姿に、少し罪悪は感じる。振り払うように、ツバサは封書へ視線を落した。
何度か見たことがある。
部屋の隅で、隠れるように手紙へ落すシロちゃんの視線は、暗い。
憂いというよりも、何かに苦しんでいるようにも見えた。
一度声をかけたことがあるが、ツバサの言葉にパッと手紙を隠し、何でもないと言い張って教えてくれなかった。
この施設に来たきっかけと、何か関係でもあるのだろうか? ならば古傷に触れるのは悪いだろうと、以後は見て見ぬふりを続けている。
シロちゃんの秘密。
封はしていない。
シロちゃんの過去。
鼓動が、ドクンと波を打つ。
見てはいけない。
脳裏で響く怒声はしっかり聞こえている。なのに、どうしてだろう?
目の前で動く両手が、まるで他人の手に見える。微かに震えながらも、封書を開ける。
シロちゃんの過去にコウが存在するのなら、この中にはひょっとして。
震えているのに、躊躇わない。
滑らかに中身を取り出す自分の手。驚愕する。
自分は、こんな人間だったのか。
だが滑り出た中身を見た途端、ツバサは思わず息を呑んだ。
っ!
取り落としそうになり、慌てて掴みなおす。
何?
急激に汗ばむ掌。薄暗く、狭くなる視界。
入っていたのは、一枚の写真。
たった一枚の写真に、たった一人の少女。
後ろ手に縛られ、硬質の床に横たわる―――― 大迫美鶴。
「美鶴?」
呟くと同時に、着信音。
無意識に通話ボタンを押すのは、もはや習性としか言えない。
「ツバサ?」
耳に響くコウの声。
「どうした? 着いたぜ?」
サッと顔をあげる。入り口で、木々の生い茂る庭の向こうで、彼が彼女を待っている。
待たせては、また変な疑いを持たせてしまう。
「あっ ごめん。すぐ行く」
言いながら、封筒もろとも写真をポケットに捻じ込んだ。
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